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2014. 06. 02  
お坊さんがお経を唱えている間、

昔のことが自然と思い出された。

喪主のオクチャンはずいぶん細く小さくなっていた。

お会いするのは数十年ぶり、だったと思う。

先生は末期の癌だったそうで、

その看病もきっと大変だったのだろうなと思った。



火葬を待つ間、何人もの方から

「しんちゃん、こんなに小さかったのにね。

ずいぶん大きくなって。」と言われた。

ほとんどの人がわからなかった。

が、母からオクチャンの妹さんだよ、とか

胡同のマスターだよ、その奥さんだよ、

と紹介されて、なんとなく思い出したり思い出さなかったり。



それにしても、うちも親戚でもないのに家族3人で葬儀に来てるのも

不思議なご縁だなと思っていたけど、胡同もそうだなと思った。

胡同ていう中華料理屋さんが、

病院の近くに当時あったのを思い出したのだ。

今は再開発か何かで移転しているそうだけど、

名前を聞いて懐かしかった。

胡同のご夫婦も病院とは懇意にしていたのだろうな。



火葬が終わって、お骨を骨壷に収めた。

僕は一番最後で、奇数だったので誰と一緒に組むのかな?

と思っていたら、胡同のマスターがやってくれた。

皆が骨を移したあと、職員の方が説明しながら骨を移してくれた。

これは、どこどこの骨です、と。

解剖学の授業に出たときに、

先生は骨を見ただけで「これは○○骨です。」

と言っていたが、火葬場の職員の方もすごかった。

僕も特徴的なのはすぐにわかったけど、

見ただけではわからないのもあった。

最後の方に「喉仏です」と、

ついで頭の骨を並べていった。

職員の方は刷毛を使って

粉になってしまった骨も丁寧に集めて収めてくれた。



バスに乗って、最初にお坊さんがお経を唱えてくれた会場へ。

食事の用意がされていた。

先生の遺影が正面に飾ってあった。

お会いするのは本当に何十年振りかになってしまったが

(実際はお会いできなかったのだが)、

そこに居る先生は僕の知っている笑顔だった。



食事をしながら、隣にいる母がオクチャンの親戚の方と話している。

母以外にも病院時代の方がいたので、

自然と昔話になっていた。

第二次ベビーブームで、本当に忙しかったこと。

当時としてはおしゃれで(母の言うおしゃれの理由は、

入院時の布団がピンク色ということだけど)、

妊婦さんがたくさん来てたこと。

そんな話をしていた。



ああ、たしかにそうだったかもな。

毎日多くの妊婦さん、赤ちゃんを目にしていた。

母は幼い僕に、保育器に居る赤ちゃんをよく見せてくれた。

今はちっちゃいけど、これからドンドン大きくなっていくんだよ。

いつもそんなことを言ってた気がした。

当時の僕にとって、まったく興味がなかったと思うが、

その儀式は毎度毎度続けられた。



これからお産!というのを目にしたこともしばしばあった。

妊婦さんが手術室に連れて行かれるところだ。

痛みを堪えて、すごく苦しそうだった。

当時の僕はなんだか怖い気がしていた。

そんな辛そうにしていた妊婦さんが、

皆さん一定期間の入院生活を終え、

とても幸せそうなお顔で退院して行く。

その時間に立ち会えるのは、

子どもながらに嬉しかった。



ふと、思った。

ここ数年だけど、産前産後の方に対する施術

というのに力を入れている自分が居る。

元々僕は、妊婦さんの施術というのをお断りしていた時期があった。

それは当時教わった先生がそうしていたから。

しかし、産前産後の方への施術は、

母体だけではなく、赤ちゃんにも関係するというのを学び、

産前産後の方に少しでも役立てたらと思うようになっていった。



そう思えるようになったのは、

もしかしたら僕の幼少時の環境による部分もあったのではないか。

毎日のように妊婦さんや赤ちゃんを目にしていた。

それって、今の僕の仕事にも多大な影響を与えていたのではないか。



先生が亡くなるまで、正直病院のことを思い出すこともなかった。

たまに実家に帰ると、母から先生の癌のことは聞かされていたけど、

先生の話題が終わった瞬間に忘れてしまっていた。

(ごめんなさい。)

先生が生きているうちにこのことに気がついていたら、

僕は今、こんなことしているんですよって報告したかった。



食事を終え、先生の遺影に挨拶をする。

申し訳ない気持ちはまだあったけど、

先ほどの思いは確信に変わってきていた。

母と同時期に病院で仕事をしていた村上さんが、

「しんちゃんは病院の子だったよね。」と言ってくれたが

自分でもそうだったのだと思う。

幼少時の体験が自分のルーツになっているのだと。

そのことは感謝の気持ちと一緒に先生の遺影に伝えてきた。



自宅(東松山)に帰る間、そのことがますます大きく感じられた。

過去と現在がつながったような気がした。



★最後までお読みくださりありがとうございました。
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Author:パス
★埼玉県東松山市で手技療法をしています。臨床経験は17年ほど。気づいたことや日々の想いなどを綴っています。

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