2013. 06. 25  
先日face bookの仲間Fさんが、茂木健一郎さんのツイートを紹介してくれた。

それは、

「本は、読んだだけ足もとに重なって、その上から世界が見える。

十冊読んだ人は十冊、100冊の人は100冊の高さから、

その分遠くまで世界を見晴るかすことができる。」

というものだった。

なんと茂木さんは夏目漱石の『三四郎』を20回読んでるんだそう。

(今、このブログを書くに辺り、あらためて茂木さんのツイートを読んで知ったw)



Fさんも最後に「何冊読んだかよりも、何回繰り返したかが重要」

と締めていたのだが、本当にそう!と思った。



以前、竹田先生の本かセミナーで知ったことわざで、

『読書百遍意自ずから通ず』というのがある。

これは、どんなに難しい書物であっても、

繰り返し読むうちに意味が自然とわかるようになるものだ、ということだそう。



繰り返しの重要性は痛いほどわかってるつもりであったが、

今振り返ってみて、百回繰り返して読んだ本てあるだろうか?

と思ってしまう。

けっこう読み込んだなぁという本でも十数回がいいところじゃないかな。



読めない理由はいくらでもある。が、

いくつか挙げるとするなら、

読書の時間は有限なので、繰り返し読む!と決めた本があったら

他にも読みたい本があっても我慢して、その一点に集中しなくてはならない。

これは案外難しい問題だ。



それと、

“繰り返しに耐え得るものである”というのも

意外とスルーされがちなことではないだろうか。

コレはどういうことかというと、

1回目の読後感と3回目、5回目、10回目…が違っているべきということ。

毎回読むたびに、新しい発見があったり気づきがあったりということだ。

これが無いと、繰り返しがキツイのだ。

そのためには、自分が受け入れOKでないといけないし、

いろいろと敏感でいなくてもならないと思う。

けど、そもそもその本自体が重厚なものであるというのも大事だ。

もしも底の浅いものであれば、時間をかけて繰り返す意味がないだろう。

いわゆる、ホンモノでなければ、百遍に耐えられないように思うのだ。



と、ここまで書いて気づいたことが。

これ、本に限らずだよね。

絵でも音楽でもそう。

セミナーや勉強会でもそう。

そもそも、人がそう。

あらゆるものがそう。



深みがないと、繰り返すのはキツイ。

つまり相手は何でもいいとおもうけど、

自分よりも果てしなく高い壁でなくてはいけないんじゃと思う。

わけがわからない、というぐらいの方が

もしかしたら挑み甲斐があるかもしれんなぁ。



★最後までお読みくださりありがとうございました。
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Author:パス
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